型彫職人紹介
昭和12年 三重県鈴鹿市寺家町に生まれる
     (本名 六谷博臣)
昭和28年 中学卒業、同日より父について修行
昭和38年 伊勢型紙技術伝承者養成事業第一期生として
     4年間錐彫部門専修
平成4年 三重県指定無形文化財保持団体、認定会員
平成5年 伊勢型紙技術保存会会員、理事に選任
平成7年 伊勢型紙技術保存会会員、副会長に選任
平成8年 還暦を機に父の雅号「梅軒」を襲名
明治40年 2月15日三重県鈴鹿市寺家町に生まれる
         (本名 六谷紀久男)
大正8年 京都の兄・六谷芳方のもとで錐彫技術の修行を重ねる
昭和14年 型屋として独立
昭和30年 「第一回人間国宝(重要無形文化財「伊勢型紙、錐彫り」
          技術保持者)」に認定(雅号 梅軒とする)
昭和38年 鈴鹿市の伊勢型紙伝承者育成事業の講師をはじめる
昭和45年 大阪万国博覧会にて伊勢型紙の彫刻実演をする
昭和47年 「鈴鹿市文化功労者」受賞
昭和48年 「勲五等雙光旭日章」叙勲。同年4月26日死去
         (享年66歳)
明治35年 9月20日三重県鈴鹿市寺家町に生まれる
大正7年 白子町立乙種工業高校卒業する
大正8年 父・兼松のもとで伊勢型紙彫刻就業
昭和29年 伊勢型紙彫刻組合の組合長に就任
昭和30年 「第一回人間国宝(重要無形文化財
         「伊勢型紙、道具彫り」技術保持者)」に認定
昭和43年 川端康成ノーベル文学賞受賞記念出版の
          表紙の柄を作る
昭和50年 皇太子殿下(現天皇)へ「瑞雲祥鶴図」献上
昭和55年 浩宮徳仁親王殿下(現皇太子)へ
         「四君子ノ図」献上
      天皇陛下(昭和天皇)へ「古代菊ノ図」献上
昭和58年 「三重県民功労賞」受賞
昭和60年  10月20日死去(享年83歳)
明治27年 9月20日三重県鈴鹿市寺家町で生まれる
明治37年 10歳にて兄藤吉について修行
明治44年 山梨県甲斐絹型を修行・東京小林勇蔵氏の下で中型彫りを修める
大正2年 独立
昭和11年 白子町立工業高校の講師(伊勢型紙)
昭和21年 伊勢型紙彫刻組合が結成され、初代組合長となる
昭和30年 「第一回人間国宝(重要無形文化財「伊勢型紙、突彫り」
          技術保持者)」に認定
      文化財受賞記念に「千年寿」の型紙を彫刻
昭和35年 「紫綬褒章」授賞
昭和38年 重要無形文化財伊勢型紙伝承者養成事業の突彫講師になる
昭和40年 「勲五等雙光旭日章」叙勲
昭和45年 大阪万国博覧会 伊勢型彫刻実演「登竜門」
昭和46年 「三重県民功労賞」受賞
昭和51年 11月5日死去(82歳)